りぼんの読書ノート

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【新釈】走れメロス(森見登美彦)

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期待していただけのことはありました。古典的短編を下敷きにして、あの「京都大学」の学生群像を描いた作品ですが、単なるパスティーシュにとどまらず、しっかり森見ワールドになってるのです。

冒頭の「山月記」がいいですね。己の文才に絶大な自信を持ち、社会の歯車となるべく卒業する者たちを侮蔑し、自らの名を死後百年に遺すべき著作をものしている、孤高の学生、斉藤秀太郎。夢破れ、失意のあまり大文字山で異形の姿となった斉藤の独白は、虎になった李徴の独白の悲痛さに匹敵します。これがあるから、あとの4編も生きてくる。

もちろん、パンツ番長が図書館警察の権力に挑む「走れメロス」も最高です。これは、『夜は短し歩けよ乙女』の学園祭の日に起きた出来事だったんですね。闊達に歩き回る黒髪の乙女をひたすら追いかける先輩の影で、このようなドラマが展開されていたとは・・。いや、勇者たちには、もっと早い時期に赤面して欲しいものですが・・。

桜の森の満開の下」では、安吾のこの作品の不思議な透明感が再現されます。でも、安吾のこの作品は、岡林信康の「友よ」みたいなもんで、むしろ例外みたいなものですからね。普通の安吾はもっと激しいのです。

このシリーズ、もっと読んでみたいな。『みずうみ』のストーカーぶりとか、『檸檬』の無気力な雰囲気とか、『城の崎にて』の見るもの全てに感じる死の予感とか、いい題材になりそうな気がするのですが、いかがでしょう。

2007/5