35才のルウは自閉症患者だけど、パターン認識能力は天才的。応用数学者として製薬会社に勤め、自立した生活を送っている。しかし決まった手順から踏み外れると混乱してしまうし、人付き合いができないから好きな彼女にも打ち明けられない。もちろん自閉症患者への悪意や偏見を感じることもある。
実はこの時代、自閉症は幼児期治療で完治できるようになっていて、ルウの世代が「最後の自閉症患者」。そんな時、ルウの会社が大人の自閉症治療薬を開発し、人体実験への参加を要請されたルウは悩むのです。
治療を受ければ、健常者として「普通の生活」が遅れるかもしれない。教育を受け直せば、宇宙飛行士になる夢だって叶うかもしれない。しかし「今の人格」は、いったいどうなってしまうのだろう。治療の後も、同じ女性を好きでいられるのだろうか。私たちが当然と思っている、他人との付き合い方。時には思ってもいないことを言って、うわべをとりつくろう。ルウにはそれが不純なことに思えて理解できません。治療の後では、自分もそんな考え方をしてしまうのだろうか。
タイトルは「暗闇は光よりも速い」とのルウの気持ちからつけられました。暗闇とは偏見や悪意。光はそれらを取り除いていく善意と理解。ルウは思うのです。暗闇を切り裂いて進む光でも、暗闇を越えられないのかもしれないと。
作者の息子さんは自閉症患者だそうです。もちろん息子の為に書かれたようなこの本で、ルウの話を悲劇で終わらせる訳はありません。でも彼にとっての幸福とは何だったのか、また他人との共存とは何なのかを、考えさせられた1冊でした。『妹とバスに乗って』を思い出しながら読みました。
2005/6