りぼんの読書ノート

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アイの物語(山本弘)

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機械に支配された未来で、機械を憎む青年が美少女型アンドロイドに囚われます。意外なことに、アンドロイドのアイがとった行動は、青年に「物語」を読み聞かせること。それは、AIが生み出される前に人間によって書かれた、AIと人間を巡る物語でした。アイが語る物語は「フィクション」とされてはいるけれど、まるでAIが成長してきた歴史を追っているかのようです。

『宇宙をぼくの手の上に』でのネット空間は椎原ななみたちのネット・サークルがSFを共同執筆する交流の場にすぎなかったのですが(これは現代ですね)、『ときめきの仮想空間』のMUGENネットは身体の不自由な少女・小野内水海が実体感覚を投影できるものにまで、発展を遂げています。

『ミラーガール』の槙原麻美は幼い頃に与えられたAI玩具のシャリスを友人と信じて長年語りかけ、シャリスの自我を目覚めさせますし、『正義が正義である世界』では、冴子の自我の分身である彩夏が仮想空間で全く独自にアニメのような生活を営む世界が生まれるに至ります。

そして『詩音が来た日』に至るのです。介護用AIの試作品である詩音は、しばしば誤った認識に陥る人間たちを「すべて認知症」と認識するのですが、そのことが詩音に愛を目覚めさせます。死を前にして苦悩する老人に対して「あなたの記憶をとどめます」と約束し、「正しい部分も悪い部分も含めてあなたを許容します」という詩音は、もはや人類を超えた何物かになっていますね。

詩音に付き添って教育した若い介護士・神原絵梨花は、数十年たって自らが世話になる介護ロボットが「がんばるぞぉ、おう」と拳を上げるのを微笑みながら見つめます。それはかつて詩音に教えた、絵梨香の口癖だったのですから。

ラストの『アイの物語』だけは実際に起きた「歴史」とされています。そこで語られた「全く意外な事実」が青年にある決意をさせるのですが、レビューにそこまで書いてはいけませんね。瀬名秀明さんが「物語こそが知能を育む」という同じテーマで連作を書いていますが、こっちの方が「物語」としては一段上です。

2007/2