りぼんの読書ノート

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ヨハネスブルグの天使たち(宮内悠介)

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デビュー作『盤上の夜』に続く2作目の作品は、日本製の少女型アンドロイド「DX9」を媒介として、近未来の都市と人間のありようを描き出す連作短編集でした。DX9は汎用品の玩具でありながら、耐久性に優れ、ほとんどAIともいえる高度な機能を有しているため、人格移転の器とされたり、戦争兵器に用いられたりしているのです。 

 

紛争で荒廃したヨハネスブルグでは、企業が撤退した後もプログラムされた落下試験だけが続いています。その一体から「助けて」というメッセージを受け取った少年は、彼女たちの永遠の落下をとめようとするのですが・・。何体もの美少女姿のアンドロイドが、毎日無意味に落ち続ける描写には恐怖を感じます。 

 

ニューヨークでは、9.11テロの犯人や犠牲者たちの人格を転移されたDX9たちが、再建された後にスラム化したWTCを再破壊するためのイベントに駆り出されます。大がかりな「空間体験の再現」の意図は謎めいていますが、建築家がツインタワーという形状にこだわった理由が解き明かされていきます。 

 

アフガニスタンのジャララバードではゲリラ兵として用いられ、イエメンのハザラマウトでは自爆攻撃に向かう兵士が自己の人格を転写して遺していくためのツールとして用いられるDX9。前者では、民族自決の功罪が、後者では画一性と多様性の裏腹な関係が描かれており、どちらのテーマも重いもの。 

 

そしてスラム化しつつある北東京の団地群でもまた、DX9は歌い続け、無限の落下を繰り返しています。前の4編の舞台となった街を旅して、現代世界のありようを観察してきた青年の弟は、DX9たちを一室に閉じこめようとするのですが、この結果には強制収容所のイメージが付きまといますね。廃墟化しない近代建築はありえるのか。スラム化しない都市はありえるのか。DX9の歌声は、そのような問いの無意味さをあざ笑っているようです。 

 

2020/5