りぼんの読書ノート

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草々不一(朝井まかて)

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江戸期の庶民の生活を描いた『福袋』と対をなす本書は、武家の世界を描いています。身分やしきたりに縛られた武家社会においても、喜怒哀楽の感情は現代と変わりません。どの作品にも「食」に絡む話題が添えられている点も、当時の社会が現代と地続きであることを意識させてくれます。

 

「紛者(まがいもの)」
紛者であると自任し、芸者のヒモ生活をしている牢人の信次郎が、尊敬していた兄の仇を討つ機会に巡り合ってしまいます。頼まれれば断れないという武士の掟は、ずいぶんと不条理に思えるのですが。

 

「青雲」
酒屋に奉公に出されていた忠太が、兄が亡くなったことで跡を継いだ実家は、無役の貧乏御家人にすぎません。しかしそこは、運と巡り合わせがものを言う世界でもあったのです。宝くじの当選を期待するような確率なのでしょうが。

 

「蓬莱」
格上の旗本家に婿入りした平九郎は、あまりの良縁の裏に隠されている事情が気になります。はたして妻は床入りの夜に、いきなり不思議な条件をつきつけるのですが・・。ほのぼのとした物語です。

 

「一汁五菜」
江戸城本丸の台所人である山口家の伊織は、大奥に仕えたことで自死した妹を仇をとると決意します。その方法はいかにも料理人らしいのですが、もちろん毒などは使えません。それはともかく、台所人の役得は羨ましい限りです。

 

「妻の一分」
大石内蔵助の妻りくは、世間で言われるほどの良妻賢母だったのでしょうか。殿の切腹から討ち入りまでの経緯に詳しく、大石家の家庭事情までを知り尽くしている語り手は、意外な存在でした。

 

「落猿」
藩の江戸留守居役とは、幕閣や諸藩との間を繋ぐ練達の外交官でなくては務まらないようです。外向きにも内向きにも発揮される交渉術は、武士の美学の範囲には収まりません。それを以て「無残な人生」とは自虐にすぎるように思えます。

 

「春夫」
明治の世で細々と手習塾を開いている年増女の芙希は、剣術指南所の娘でした。父も兄も戊辰戦争で失った芙希は、若い頃に道場に訪れた剣士のことを思い出すのですが・・。

 

「草々不一」
亡妻が遺した文を発見した56歳の前原忠左衛門は、武辺一筋であったが故に難しい漢字は読めなかったのです。町人の子供たちに交じって通い始めた手習塾で、彼の世界は広がりました。いくつになっても学ぶことは大切ですね。

 

2019/8