りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

福を届けよ(永井紗耶子)

2023年7月に直木賞を受賞した著者のことは、候補にあがるまで全く知りませんでした。受賞作は予約がいっぱいなのでまだ読めていませんが、気がつけばもう4作目。本書は、著者の第2作『旅立ち寿ぎ申し候』を文庫化に際して改題した「幕末青春ビジネス小説」です。

 

幕末の江戸。奉公先の主人に愛されて養子となり、日本橋紙問屋の永岡屋の若主人となった勘七は、いきなり窮地に立たされてしまいます。小諸藩から受けた藩札作りの大仕事が、藩の内紛で消え去ってしまったのです。抱えた借金は2千両。絶望のどん底に追い込まれた勘七は、世情騒然とする幕末の江戸で、店を立て直すことができるのでしょうか。はじめは粘り強く小諸藩と交渉を重ねたものの、かえって命を狙われるに至った勘七は、武士という存在、ひいては幕藩体制にまで疑問を抱き始めます。

 

彼を取り囲む友人たちや人物も多彩です。彦根藩足軽株を買ってすぐに桜田門外の変で殺害されてしまった直次郎。逆に武家の3男から商家に養子に入り札差の手代となっている新三郎。横浜の異人相手の商売に才を発揮した商家の放蕩息子だった紀之介。後に勘助の妻となる京も大名の奥に仕えた経験を持つ商家の娘でした。この時代、かなり身分の垣根は低くなっているのですが、人々の意識は時代の変化に追いついていないようにも思えます。勘七にとっては、勝麟太郎や浜口儀兵衛の知遇を得たことも大きかったのでしょう。

 

旧タイトルの「旅立ち寿ぎ申し候」は、異人から仕入れた赤い毛布からきています。戦乱を恐れて江戸から逃れる人たちが大八車にかける毛布を、あえて旅立ちを寿ぐ赤色に仕立てた「赤ゲット」がヒットしたんですね。権威に媚びず、商売の「闇」に飲まれず、日本古来のCSR経営の長所を描いた本書には、ビジネス雑誌のライターであった著者の経験が生きている作品です。

 

2023/10