りぼんの読書ノート

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わが殿(畠中恵)

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大江戸ファンタジー小説を得意とする畠中さんの作品ですが、本書にはいっさい怪異は登場しません。浅田次郎さんの幕末小説と言われても信じてしまいそうな作品です。逆に浅田さんの『大名倒産』には貧乏神や七福神などが登場しているのですけれど。

 

それもそのはず。本書で描かれるのは実在の人物と歴史的な事実なのです。舞台は福井の大野藩。名門譜代の土井家に連なる家中ですが、わずか4万石の小藩は年収の8倍にあたる9万両に膨らんだ借金に青息吐息の状態。普通ならそのまま死に体で幕末を迎えそうなものですが、後に名君と謳われる利忠公は借金返済の戦場へと果敢に撃って出るのです。そのために抜擢したのがたった80石取りの内山七郎右衛門。これが当たるのです。あえて幕府から3万両を借りて銅山の新鉱脈を掘り当てる一方で、面扶持という給与削減を断行。藩財政の立て直しが見えてきたところで、藩校による人材育成、大阪に藩直営店の出店、さらにはペリー来航で世情が騒然とする中で軍制改革や蝦夷地開拓にも乗り出すという八面六臂の大活躍。

 

しかしそのような改革を断行すると、反作用も大きいのです。藩内の旧弊な名家からの風当たりは、当然のように七郎右衛門に向かいます。七郎右衛門はあくまでも金策という裏方に徹していたのですが、命を狙われることもあった模様。それでも彼を取り立ててくれた藩主を信じて、改革を支え抜いた七郎右衛門の生涯は幸福だったはずですね。著者は本書で、名君と名家臣の信頼関係を描き切りました。浅田次郎さんの作品っぽいのですが、著者の新境地でしょうか。

 

2021/9