りぼんの読書ノート

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その姿の消し方(堀江敏幸)

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戦乱の20世紀前半を生きたフランスの無名詩人の足跡をたどる「私」の物語は、書き手と読み手の関係性を問いただしているようです。

 

「私」がフランス留学時代に古物市で手に入れた、1938年の消印がある絵葉書には、謎めいた詩が綴られていました。やがて葉書の送り人であり、その詩の作者であるアンドレ・ルーシェという人物に関心を抱いた「私」のもとに、ぽつりぽつりと詩人の手掛かりが舞い込んできます。

 

その詩人はフランス南西部のある町で会計検査官をしていたこと。絵葉書の写真に写っていたのは彼の住居であったこと。彼は第一次世界大戦の時に足を負傷し、第二次世界開戦の時にはレジスタンスに関わっていた形跡があること。やがて四半世紀を経て、彼の類縁にあたる人物と巡り合い、彼の肖像写真まで入手するに至るのですが、詩人の実像は最後まで明らかになりません。彼の生涯は類縁にも伝えられず、葉書の宛先である女性はついに不明のままなのです。

 

意表を衝く「隠された真実」の「謎解き」に忙しい現代小説とは対極にある作品ですが、読者の想像力を掻き立てて深い余韻を残すというのは、逆にとてつもない力業であるように思えます。詩人の姿を消し去ってしまった「時間」の重さこそが、本書の真の主題なのかもしれません。

 

2019/7