りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

波(ソナーリ・デラニヤガラ)

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著者はスリランカに生まれて、イギリスで博士号を取得して経済学者となり、英国人男性と結婚して2人の息子を授かった女性。しかし幸福だった彼女の生活は、たった一瞬で崩れ去ってしまいます。2004年12月26日、スマトラ沖で発生した巨大地震による津波が、スリランカの海岸でバカンスを楽しんでいた一家を飲み込み、夫と2人の息子と両親を奪い去ってしまったのです。

本書は、長い時間をかけて生きる力を取り戻そうとした女性の、精神的な闘いの記録です。津波から逃げ出す瞬間に、なぜ別室にいた両親に声をかけなかったのか。自らも津波に呑み込まれた瞬間に、なぜ何もかも忘れ去ってしまったのか。後悔が彼女を苛みます。親戚や友人と会ってもロンドンの家に戻っても、幸福だった頃のことを思い出してパニックに陥り、酒や薬を飲み続けて死や狂気を渇望する日々。

癒しは簡単には訪れません。しかし彼女は次第に、家族が実在していたことを記憶にとどめておきたいと思うようになっていきます。文学者ではない彼女が本書を著したのも、そのような感情が募ってのことなのでしょう。そして再び海に出て、悠然と泳ぐシロナガスクジラの雄姿を眺めることで、神聖な雰囲気に包まれている感覚を得るのです。それは奇しくも、2011年3月11日の5日後のことでした。

本書は、著者が沈んだ絶望的な悲しみから這い上がってくる過程を丁寧に書き綴った作品であり、共感を得ようとか、メッセージを送ろうとかいう意図がないことは明白です。しかしだからこそ、同じような体験をした人たちや、彼らを思いやろうとする人たちに届く作品になっているのでしょう。全くの偶然ですが、本書を読んだのは2019年3月11日のことでした。

2019/4