りぼんの読書ノート

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やさしい猫(中島京子)

名古屋出入国在留管理局の施設に収容されていたスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが亡くなったのは2021年3月のことですから、2020年5月から1年間新聞に連載された本書とは直接の関りはありません。しかし本書は、現実に起こる事件を先取りしたような予見の書でした。著者の先見の明の確かさは称賛に値します。

 

シングルマザーの保育士ミユキさんが心惹かれたのは、東北でのボランティア活動で出会ったスリランカ人のクマさんでした。もちろんクマさんは愛称で、本名はクマリ。その前にはアハラマッカラとかなんたらの5つもの名前がつくのですが。彼女より8歳年下で自動車整備の仕事をしているクマさんは、恋愛や結婚の対象ではありませんでしたが、8歳の娘マヤが彼に懐いたことで2人の関係が始まったのです。

 

祖母の反対、働きすぎたミユキの入院、整備工場の廃業によるクマさんの失業、占いによる結婚の延期などの問題をなんとか乗り越えた2人は、ようやく結婚にこぎつけます。しかし乗り越えられない壁がありました。それは在留期限が切れてしまった資格更新の問題。日本人の配偶者を得たクマさんが更新手続に出かけた日に、彼は不法残留の罪で逮捕されて留置場に収容されてしまったのです。問題ある人が相談しにいく在留管理局の手前で警察官が張っているなんてネズミ捕りのようなものですが、それ自体は仕方ないのでしょう。問題は、公務員にすぎない入管の裁量権の大きさと、ガイジンを犯罪者扱いして入国を認めないことを前提とする組織の姿勢。そして留置場の待遇のひどさ。ミユキとクマさんは裁判に訴えるのですが・・。

 

タイトルは、クマさんがマユに話してくれたスリランカの民話です。親ネズミを食べてしまったネコが子ネズミたちを憐れんで育てるという少々不気味な内容なのですが、これは猫の改心物語なのかもしれません。そして国家という強者は、難民をはじめとする入国希望者という弱者に対して、心を改めるべきということなのでしょう。ウィシュマ・サンダマリさんの悲劇を契機として、日本国家の法律や姿勢も変わって欲しいものですが、まずは事実関係を徹底的に公表すべきであることは言うまでもありません。

 

2022/10