りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

夏(アリ・スミス)

イギリスのEU離脱を契機に書き始められた「四季シリーズ」が、本書で完結しました。既刊3冊『秋』、『冬』、『春』は独立して読める小説ですが、本書では人物の再登場があり、残されていた謎も解決されるので最後に読んだほうが良いでしょう。

 

物語は、イギリス南部ブライトンに暮らすグリーンロー一家の日常風景から始まります。夫と別居でかつてシェイクスピア女優だった母親グレース。環境問題や貧困問題に憤慨している16歳の少女サシャ。優秀なのにネットで虐めにあってから問題行動を繰り返している13歳の弟ロバート。ある日彼らの前に、母ソフィアの形見の石を東部サフォークに住む元の持ち主に返す旅の途中というカップル、アートとシャーロットに出逢います。『冬』の登場人物ですね。ただし本書のシャーロットは本物のほう。『春』で名前が出ていた施設に収容されているベトナム難民「英雄」も再登場

 

一方、石の持ち主で100歳を超える老人ダニエルは、かつて彼が芸術を教えたエリザベスに世話されながら、ベッドで夢を見続けています。戦時中のイギリスでドイツ系ユダヤ人として敵性外国人とみなされてマン島の収容所に入れられた記憶、占領下のフランスで行方を絶った妹の思い出などの夢は、『秋』の続編ですね。しかしここで妹ハンナとグリーンロー一家の思いもよらない関係が、読者にはわかるようになっています。さらには「石」を通してダニエルとアートの関係も。本人たちは何も知らないまま、隠された意図に導かれているようです。まさかアートがシャーロットとのパートナーシップを解消して、エリザベスと交際するとは思いませんでしたが・・。

 

4部作の底流に流れるテーマは、ファシズム、戦争、ブリグジットなどの歴史の暗転期のたびに起こる移民排除の声にどう向き合うべきなのか、ということですね。コロナ禍という新たな問題も、移民排斥の動きに結びついていきます。しかし私たちは孤立してはいないはず。ロバートとシャーロットが教え合った星座を結ぶ線のように、互いに知らない関係で結ばれているのかもしれないのですから。

 

2022/10