りぼんの読書ノート

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冬(アリ・スミス)

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英国のEU離脱投票を受けて開始された「四季4部作」の『秋』に続く第2作ですが、この1冊だけでも十分に楽しめます。各作品はそれぞれ独立しており、一部の登場人物が少しだけ重複しているだけですので。本書の舞台となるのは2016年冬のコーンウォールの小さな村。半年前に終わったばかりのブリグジット投票の余韻も残っていることに加えて、アメリカ大統領選の結果にはただ呆然とするばかり。そして時代を象徴するような「分断と排斥」が、片田舎の小さな家族にも及んでいるのです。

 

実業家であった初老のソフィアは、政治活動家として奔放に生きてきたアイリスと仲違いしたまま数十年も顔を合わせてすらいません。ライターを気取ってフェイクニュースばかりを書いているソフィアの息子アートも、恋人のシャーロットと別れたばかり。そんなアートが、クリスマスには恋人を連れて帰郷するという母との約束を果たすため、クロアチア移民の若い女性ラックスを金で雇って恋人のふりをさせたことで物語が動き出します。

 

ラックスの提案でアイリスとソフィアが再会を果たし、埋もれていた家族の歴史が呼び覚まされていく過程は、「分断と排斥」に穴が穿たれていくようです。その橋渡しをした率直な女性が移民であり、彼女が身体中にピアスの穴を開けているということにも、意味があるのでしょう。『秋』では早世した前衛画家ポーリーン・ボティの先駆的なコラージュ作品が主人公の人生に影響を与えていましたが、本書ではバーバラ・ヘップワースの彫刻「穴」に焦点が当てられます。箱根の彫刻の森美術館にも彼女の作品があるとのこと。

 

邦訳された文体からは静かな怒りのようなものを感じるのですが、原文でもそうなのでしょうか。それを確認するためだけに原文にあたろうとまでは思いませんけれど。既に英国では出版されている『春』と『夏』の邦訳も待たれます。

 

2022/4