りぼんの読書ノート

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破滅の王(上田早夕里)

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短編集夢みる葦笛に収録されている「上海フランス租界祁斉路三二〇号」は、日中協力体制のもとに設立された上海自然科学研究所の研究員の苦悩を描いた作品でしたが、本書の舞台である1943年には、研究員の苦悩は悪夢的に変容していまいました。

上海自然科学研究所で細菌学科の研究員として働く宮本は、突然日本総領事館に呼び出されて極秘の任務を依頼されます。それは「キング」という暗号名で呼ばれる治療法皆無の細菌兵器に関わる文書を精査することであり、彼にはその治療薬の発見・製造が課せられたのです。

軍の目的は、細菌を兵器として扱うためには味方のみが解毒剤を有している必要があるという身勝手なものでしたが、治療法のない細菌が蔓延することなど人道的にも許されるものではありません。宮本は、治療薬の研究を行う傍らで、巧みに隠蔽された「キング」の細菌株を発見して破棄するため、敵味方の区別もつかない魔都上海で孤軍奮闘を重ねるのですが・・。

新種の寄生蜂の恐怖を描いたブラック・アゲートなどの優れた「バイオSF」を著している著者ですので、「キング」の説明などは堂に入ったもの。人類共通の敵を作り上げることが戦争を止めさせるとの思考に陥って「キング」を作り上げたマッドサイエンティストの絶望も理解できます。こんな世界で人道主義者であり続けることは難しいですね。宮本の死闘は報われるのでしょうか。ラスト1行がドキッとさせる作品でした。

2018/11