りぼんの読書ノート

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シンプルな情熱(アニー・エルノー)

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タイトル同様にシンプルな作品です。妻子ある若い東欧の外交官と不倫関係に陥った、離婚経験のある独身女教師が、自らの熱情を赤裸々に描写していく物語。もちろん、一人称の語り手である「わたし」は、著者自身の姿とぴったり重なっています。

「昨年の九月以降わたしは、ある男性を待つこと以外何ひとつしなくなった」と始まる作品で描かれるのは、もちろんプラトニックな関係ではありません。しかし彼だけのことを思い、全てのものが彼との関わりでしか意味を持たなくなり、日常感覚すら失っていくような激しい感情のほとばしりに、読者は唖然とさせられてしまうのです。そしてそんな自分を冷静に綴っていく、著者の姿勢にも。

男の帰国によって関係は終わります。「生きているのも、死んでしまうのも、どうでもよくなった」日々をすごした後に、彼としばしの再会。しかしそれは、かつての熱情を蘇らせるものではありませんでした。その事実がまた、彼に情熱を傾けた日々の異常な熱量を感じさせてくれるのです。

本書は1993年に翻訳出版されていますが、2002年のepi文庫での再販に寄せて、女優の斉藤由貴さんが「10年前に本書を読んだ時には、不毛な恋愛にどっぷりつかっていた」と語っています。一方で10年近く経つと「当時の感覚すらも消えてしまっている」と。いずれは醒めることがわかっているからこそ、情熱は美しいのかもしれません。

2018/7