1945年生まれの著者は、本書が出版された2015年時点で70歳。失礼ながら0代半ば頃の『許されざる者』から『冬の旅』あたりがピークではないかと危惧していたのですが、まだまだそんなことはありませんね。本書は短編4作ですが「ある一瞬」に向けて焦点を絞っていく力量はさすがのものです。まるでウィリアム・トレヴァーです。
「たそがれ」
大阪で働く姉と一緒にUSJにいくため、和歌山から出てきた少年。彼は障害を得て自暴自棄になっている父親との葛藤を抱えていたのですが、姉にもまた人には言えない秘密を抱えていたのです。遊園地のアトラクションのような偽りの脅威と、姉弟が対峙しなくてはならない本物の危険の対比が見事です。
「首飾り」
ヴェネツィアを訪れた作家は、行きつけのクラブのママに頼まれた首飾りを妻と一緒に選びますが、彼にはもうひとつの頼まれ物があったのです。それは不手際に終わるものの、そのことが夫婦の関係を深めることになりそうな予感が漂わせます。
「シンビン」
会社が行った詐欺行為を隠蔽し終えた女性は、母校を応援するためにラグビースタジアムへと向かいます。久々の母校の勝利は、彼女の運勢を変えてくれるのでしょうか。
「Yの木」
妻を亡くし、文学的にも行き詰った作家の思念は、犬の散歩途中にあるY字型の木を離れません。彼はついに首吊り自殺を決意するのですが・・。不遇であった実在の作家、カミュの『ペスト』に登場する老作家、ゴーゴリ、カフカ・・。なぜ死にゆく作家たちは遺稿を焼くことを依頼するのでしょうか。喜劇的なアンチクライマックスに至るまでの圧力の高め方が見事です。途中までは主人公を著者の分身かと思っていたほどです。実はそうなのかもしれませんが。
2021/11