紫式部もメンバーであった中宮彰子のサロンにおける先輩格であった、赤染衛門(朝児)を主人公とする王朝絵巻です。ただし物語の舞台は、一条天皇が退位した後の三条天皇の時代。夫を亡くして引退していた50代半ばの朝児は、ひょんなことから三条天皇の中宮妍子の女房として再び宮仕えをすることになってしまいます。
しかしこの時宮中では三条天皇と藤原道長の対立が激しくなっていました、道長は、次女の妍子に男児が生まれなかったことで、長女の彰子が生んだ敦明東宮を即位させるべく、三条天皇に退位を迫っていたのです。さらに妍子とライバル関係にある皇后娍子を貶めるべく、彼女に宿怨を抱く青年僧を宮中に送り込みます。実は彼には出生にまつわるいわく因縁があったのですが・・。人々の愛憎と欲望が渦巻く宮中にあって、朝児は何を思うのでしょう。
本書は、赤染衛門が正編を書いたと伝わる『栄花物語』の誕生秘話になっています。政争の具とされて天皇の寵愛を争う境遇へと追い込まれた高貴な女性たちの心情も、もちろん普通の女性と変わりありません。表面的には道長をはじめとする藤原一族の栄光への軌跡を描いたとされる物語に、作者が赤染衛門の姿を借りて込めた思いは普遍的です。「物語」や「史書」や「歌」が必要とされる理由や、三条天皇の皇妃であった藤原原子が早逝した理由をめぐるミステリ部分を含めて、読みどころの多い作品でした。
2024/9