ソ連時代のエストニアに生まれたラウリ・クースクは、黎明期のコンピュータープログラミングに稀有な才能を見せた学生でした。人付き合いが苦手で学校で孤立していたラウリが初めて得た友人は、やはり天才的なプログラマーであったライヴァルのイヴァン。しかし彼はロシア人であり、2人の友情はソ連崩壊・エストニア独立という時代の波に翻弄されてしまうのでした。
本書は、エストニア独立後に姿を消したラウルの消息を、あるジャーナリストが訪ねまわる形式で進んでいきます。ラウルは生きているのでしょうか。そしてエストニアが世界最先端のIT国家となった過程で、何らかの役割を果たしたのでしょうか。そして彼を捜している語り手は、いったい何者なのでしょう。
よくあるテーマではあるのですが、エストニアという舞台が、物語を重層的なものにしています。バルト3国はかつて、ヒトラーのドイツとスターリンのソ連の狭間であって、苦難の歴史を歩んできたところなのです。たとえば2人の青年と親しくなった同級生のカーテャはユダヤ系であり、ソ連を解放者として歓迎した彼女の家族も、辛い思いをしていたのです。そして独立派としてデモに参加したカーテャが深い傷を負ったことも、2人の青年の関係に暗い影を落としていたのです。
ついでながら、バルト3国が取ったポジションが微妙に異なっていることを、本書で知りました。中央のラトヴィアはバルトというアイデンティティにこだわり、南方のリトアニアは北欧と中東欧をつなぐ文明の十字路としての役割を担い、北方のエストニアは北欧の一員であると自認しているとのこと。地図を見ると、バルト3国の路線が異なる必然性を理解できます。
2024/9