世界がコロナ禍に襲われるなど誰も思っていなかった2019年の夏、まったく先の見えない状態で突然会社を辞めてしまった28歳の美月は、母の親友である市子の家。来年になったら今後のことを考えようとのんびりしているうちに、世界はみるみるうちにおかしくなってしまいます。緊急事態宣言、外出抑制、三密回避、マスク不足騒動などで世間が騒然としている中で、30代を目前にした美月の生活は淀いいでいきます。ハローワークに行っても仕事などなく、そもそも自分が何をしたいのかもわからない。では色々我慢して大手化粧品会社での仕事を続けていればよかったのかというと、そういうわけでもない。
そんな美月は、市子をはじめとする「還暦カウントダウン」に入った母の友人たちの生き方を見直していきます。一度離婚したのちに復縁し、現在は長野県で山村留学の子供たちを受け入れて暮らしている美月の両親の友人らしく、明日をも知れぬフリーランスや零細自営業者ばかりなのですが、妙に吹っ切れている人たちと過ごす中で彼女は何を思うのでしょう。
やがて「葡萄」をきっかけに美月の人生は動き出していくのですが、本書はありがちな再生物語のようで、意外と奥が深い。美月の友人たちも含めて、ひとりひとりが真剣に生き方を悩んだ末に「答えらしきもの」にたどり着くからなのでしょうか。安易な生き方に流れがちな若い世代の方々に向かって、「人生に正解はないけれど、間違いもない」と告げているように思えます。
2024/9