りぼんの読書ノート

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デンジャラス(桐野夏生)

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ナニカアル林芙美子のダブル不倫を「創作」し、In島尾敏雄・千代子夫妻の愛憎関係を描いた著者は、谷崎潤一郎が築いた「家族帝国」をどのように描いたのでしょう。

本書の語り手は、谷崎の3番目の妻・松子の妹で、既に寡婦となって谷崎と同居していた重子です。姉の松子は『春琴抄』のお琴や『細雪』の次女・幸子のモデルであったのに対し、妹の重子は『細雪』の3女・幸子のモデルとなった女性。当時の谷崎の愛情が義妹の重子に向いていたことは、作品から明確に読み取れますね。1983年版の映画で、吉永小百合演じる幸子の結婚の日に、石坂浩二演じる義兄が涙酒を痛飲する場面は印象的でした。

本書は谷崎が絶頂期の昭和26年に詠んだ「つまいもうと娘花嫁 われを囲む 潺湲亭の夜のまどゐ哉」の歌で始まります。妻は松子、妹は重子、娘は松子の連れ子である美恵子、花嫁はやはり松子の連れ子である清一の嫁の千萬子であり、谷崎が血縁のない女性たちに囲まれていることを好んでいることが顕れた歌であると紹介されます。

谷崎には、それ以前にも佐藤春夫との「細君譲渡事件」や、『痴人の愛』のナオミのモデルともなった2番目も妻・丁未子との離婚事件などもあるのですが、本書で綴られるのは晩年の物語。高血圧症を患いながらも谷崎は、40歳も年の離れた千萬子に心惹かれて書簡を交わし合い、彼女をモデルに『瘋癲老人日記』を著すに至るのですが、これは作家の業なのか、それとも老人の妄執なのか。

実姉の松子とは表裏一体の関係を自認してきた重子ですが、谷崎と千萬子の関係には鷹揚ではいられません。しかも千萬子の夫・清一は重子の養子でもあるのですから、関係は微妙なのです。やがて家や墓や遺産の問題も絡んでくる中、重子は谷崎に千萬子との関係を清算するよう迫るのですが、真の問題は谷崎のミューズは誰なのかということですね。

複雑な人間関係が絡んでくる小説なので、レビューというより覚書のようになってしまいました。本書には文豪・谷崎の夢と現と女性関係が見事に表現されていると思うのですが、その雰囲気は本書を読んで味わっていただくしかありません。

2018/10