りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

春の宵(クォン・ヨソン)

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この短編集の原題は『アンニョン、酔っぱらい』だそうです。著者はあとがきで自身の飲酒遍歴を語り、「決して自分からお開きとは言えない人間らしい」と語っています。「絶望と救いを同時に歌った詩のような小説」が生み出された背景には、著者の体験もあるのでしょう。

 

「春の宵」

別れた夫の一族に子供を奪われた女性は、次第にアルコールに溺れていきました。そして愛した男性が不治の病に罹ったことで、ついに彼女の精神は壊れてしまうのです。「絶望と救い」とは、この作品のためにあるような言葉です。

 

「三人旅行」

離婚直前の夫婦が友人を誘って1泊2日の旅行に出かけます。絶えず酒を飲み言い争う3人ですが、かつてはソウルで理想に燃えていた仲だということが暗示されています。1965年生まれの著者は、1980年代に学生で民主化学生運動に参加していた「386世代」です。

 

「おば」

家族のために人生を捧げてきた伯母が末期癌にかかって初めて、自分のために好きな料理を作って酒を飲みます。それでも最後までつましい生活だったのです。

 

「カメラ」

別れた恋人の姉と久しぶりに酒を飲んだ女性は、彼のその後を知らされてしまいます。別れる前に彼がプレゼントを約束したカメラは、なぜ今になって彼女のもとに送られてきたのでしょう。

 

「逆光」

芸術家たちが共同生活を送るレジデンツに入居した若い女性作家は、アルコール依存症でした。視力を失いつつある元翻訳家と親しくなったことは、ずべて彼女の妄想にすぎないのでしょうか。

 

「一足のうわばき」

14年ぶりに再会して深酒をした3人の女子高時代の友人は、取り返しのつかない心の傷を負うことになってしまいます。それは過去の記憶によるものなのか。それとも今もなお3人を隔てている壁のせいなのでしょうか。

 

「層」

居酒屋を開いた元ジムのトレーナーの男性は、偶然知り合った大学講師の女性との未来を夢見ます。しかし2人を隔てているものは、知的障害がある男の姉の存在ではなく、男が姉に対して取った粗暴な態度なのかもしれません。

 

2021/11