りぼんの読書ノート

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深川二幸堂菓子こよみ(知野みさき)

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冒頭のエピソードが「己丑の大火」ですから、文政時代の1829年。本編はそれから14年後のことなので天保時代の1843年、江戸時代も終盤に差し掛かった頃の物語。少年時代の大火を危うく生き延びた、光太郎と孝次郎の兄弟が、2人して深川で菓子屋を開く奮闘記です。

菓子屋の大店・草笛屋で10年奉公した孝次郎は24歳。腕は良いものの、奉公先の代替わりで飼い殺し状態になっていました。亡き父親の跡を継いで腕の良い根付師となっていた2歳年上の光太郎が、一緒に菓子屋を始めようと救出にやってきます。兄がそんな大金をどうやって工面したのか、弟が知ることになる場面は前半のハイライト。

ともあれ、不器用ながら腕の良い職人の孝次郎が菓子を作り、イケメンで人当たりの良い光太郎が営業を担当する菓子屋「二幸堂」は、少しずつ客も品数も増やしていきます。ほんのり甘酒香る薄皮饅頭「斑雪」、桜の花弁を模した上生菓子「恋桜」、黄身餡が贅沢な「天道」と十四夜の月の如く控えめな甘さの「幾望」、柳の青葉が風情涼やかな錦玉羹「春の川」、薄紅色の白餡大福「紅福」。

いかにも美味しそうな和菓子の名前をタイトルとする各章で展開されるのは、お店の常連となった三味線の師匠・暁音と、奥手の孝次郎のぎこちない恋物語。暁音の過去や、草笛屋の意趣返しや、常連客の人情物語を交えながらも、なかなか深まらない2人の関係を一気に近づけたのは、暁音の住む長屋を巻き込んだ火事でした。そしてそれは「己丑の大火」以来、仲の良い兄弟の間にわだかまっていた僅かなしこりも消し去ることになったのでした。

みをつくし料理帖の男性兄弟版のような作品で、心が温かくなる人情話です。ひねりは全く効いていないのですが。

2018/6