りぼんの読書ノート

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天智帝をめぐる七人(杉本苑子)

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乙巳の変大化の改新)の首謀者であった中大兄皇子(後の天智天皇)には、冷酷な策謀家という印象があります。本書は天智帝と関係が深かった7人の視点から彼の人物像に迫った作品ですが、著者の好悪も感じ取れますね。叔父の軽皇子を即位させて自らは皇太子として実権を握ったのはともかく、実妹であった軽皇子の妻(間人皇女)を奪い、息子の有馬皇子を陰謀によって殺害し、弟・大海人皇子の妻(額田女王)まで奪っているのです。

「風鐸―軽皇子の立場から」
天智の叔父で、乙巳の変のクーデターの後に孝徳天皇として即位した軽皇子は、明らかな傀儡です。尊敬していたれた蘇我入鹿の政治路線を継承しようとするものの、実権を握っている天智はそれを許しません。あろうことか、天智は実妹で孝徳の正妃となっていた間人皇女を奪うという、暴挙に出るのです。

「琅玕―有間皇子の立場から」
孝徳の息子である有間皇子は、狂人を装ってまでして政治的野心を持っていないことを示すのですが、天智は見過ごしてくれませんでした。孝徳の死後、重祚した斉明天皇への謀反を疑われて処刑されてしまいます。

「孔雀―額田女王の立場から」
天智の弟である大海人皇子(後の天武天皇)の妻であった額田女王は、絶世の美女かつ著名な歌人でしたが、間人皇女が病に倒れた際に、天智に奪われてしまいます。額田女王は天武への貞節を貫いたとされていますが・・。

「華鬘―常陸郎女の立場から」
有間を陥れた蘇我赤兄の娘である常陸郎女は天智に嫁がされ、反りの合わない従妹の姪郎女と寵を争うことになります。姪郎女は蘇我入鹿を陥れた蘇我山田石川麻呂の娘ですから、裏切り者の娘同志という皮肉な運命です。

「胡女―鏡女王の立場から」
額田女王の実姉である鏡女王は、中臣鎌足正室となったあとも美貌の妹に劣等感を抱き続けていました。天武から天智に略奪された額田女王の運命を見て、はじめて姉妹の情を感じるのです。

「薬玉―中臣鎌足の立場から」
天智の忠臣であり続けた中臣鎌足は、藤原の姓をいただいて興隆した一族の祖となった人物です。天智がなかなか即位できない理由となっていた、同母妹の間人皇女との不義については、苦々しく思っていたようです。

「白馬―鵜野皇女の立場から」
天武に嫁いで皇后となり、後に持統天皇として即位することになる鵜野皇女は、父である天智の治世を冷静に見ていたようです。白馬に乗って去って行ったという天智の最期は、彼女が広めた伝説なのでしょうか。

著者は天智への好悪を隠してはいませんが、歴史の真実はわかりませんね。大化の改新は「皇極―蘇我」に対する軽皇子のクーデターであり、天智はそれを旧に復しただけという説もあるくらいなのです。

2017/6