りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

なぎさ(山本文緒)

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休筆後15年ぶりの長編では、家族関係という複雑で厄介なテーマに取り組んでいます。はしばしに「生き辛さ」を感じるのは休筆後の中編集アカペラと同様ですが、終盤では明るい兆しも見えてきました。

家事だけが得意な専業主婦の冬乃は、夫の佐々井と2人で久里浜で暮らしています。しかしとんでもないブラック企業に勤める夫は、次第に生気を失っていくようです。そんな2人のところに転がり込んできた冬乃の妹・菫は、一緒にカフェを開こうと姉を誘います。カフェに集まってきたのは、菫の知り合いでどこか飄々としたモリと、先に会社を辞めていた佐々井の後輩・川崎。そしてついに会社を辞めることにした佐々井も、カフェを手伝う決意をするのですが・・。

このように纏めると、本書が「カフェ開業物語」に思えてきますね。しかし、お笑い芸人崩れで恋人の百花からも愛想を尽かされていた川崎は、バイト仲間の主婦と問題を起こして退職。そして出資者の菫とモリは、カフェを生きがいにまで思い始めていた冬乃に相談もせず、店の売却を決めてしまうのです。

そのころまでには、冬乃と菫の姉妹が、両親と深い葛藤を抱えていることがほのめかされています。冬乃と佐々井は新しい生活を始めるに際して、十数年連絡を絶っていた両親ときちんと決別するために、両親と再会することを決めるのですが・・。

本書の語り手は冬乃と、川崎と、モリの3人です。ぐずぐず悩む点は冬乃も川崎も共通ですが、冬乃のほうが一足先に前向きになれるのは、手仕事を持っているからのように思えます。川崎クンはもう少し時間がかなりそう。そして、その2人を「上から目線で見下ろす」モリの存在が、物語を立体的にしてくれているようです。菫は最後まで存在感がありませんでしたが、姉妹の絆が最後のよりどころになるのでしょう。

家族関係を含めた人間関係の複雑さは、人生を「生き辛く」させるけれども、それだけではないことを深い所で考えさせてくれた作品でした。

2017/5