りぼんの読書ノート

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手の中の天秤(桂望実)

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本書の舞台は未来です。執行猶予つきの判決を得た加害者に対して、執行猶予を取り消す権利を被害者や遺族に与えるという架空の制度が始まってから38年後という設定。30年前にその制度の担当係官であった井川が、大学の講師として教壇に立ち、当時の体験談を講義するという物語。

井川が語るのは、野球部の練習中に息子を亡くしてコーチを訴えた両親、夫の自殺を幇助した男を憎む妻、弟を交通事故で失った兄などに、加害者の反省状況を定期的に伝えた体験です。仕事に強い使命感を持ち、加害者と被害者と双方に対して公平に状況を伝えようとした井川は、空回りするばかり。そんな時に彼を導いたのは、上司の「チャラン」でした。実は彼の仇名は「チャランポラン」からついたほど、いいかげんな男だったのですが・・。

仇討ちの制度を究極の平等ではないかと思ったことがあるという著者は、仇討ちが喪失感を乗り越えさせてくれるのだろうかという思いを、本書に込めたとのこと。人が肉親を失ったときその悲しみをどうやって乗り越えていくのか。加害者を憎むのは遺族の権利なのか。気に入らない現実とは向き合わなくても良いのか。何が遺族に癒しをもたらすのか。

本書の執筆中に3.11を体験した著者は、本人も予想しなかった地点に本書を着地させたようです。読者は、意表を衝かれるというよりも、作者の意図がわからずに欲求不満を感じるのですが、不思議と納得できる結末に仕上がっています。

2016/8