りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

舞台(西加奈子)

イメージ 1

29歳の葉太が病的に自意識過剰な性格になったのは、いつも他人の視点を意識して振る舞っていた作家の亡父への反発のせいなのでしょうか。それが嵩じて幽霊まで見えるようになるのですが、「いつも見られている」という状態は、どんどん彼を追い詰めていきます。

彼が唯一共感する引きこもり作家の新刊を「セントラルパークで読みたい」という希望を持って、初めての海外旅行でニューヨークを訪れたものの、心から楽しむことなどできません。「地球の歩き方」を丸暗記するほど準備しながら、人からは観光客であるとは見られたくないんですね。

ホテルではなく短期滞在のアパートに宿泊して不便な思いをし、チェーン店ではなくローカルな店に入って不味い食事をし、セントラルパークでは「パークでサックスを吹く初老の黒人」という「いかにも」な場面は見ていられなくて立ち去るというほど。そして、ようやく芝生で読書という段になって、全ての貴重品が入ったバッグをひったくられるという悲劇に襲われてしまいます。このあたり、著者は楽しんで書いていますね。

「旅行初日で盗難」というマヌケな状況には耐えられないので、領事館に盗難届を出すのは数日後にしようと決めて、ほとんど無一文でニューヨークをさまよう葉太。しかし、ある場所にたどり着いたとき、彼は決定的に自分が変わってしまうほどの体験をするのでした。

著者も、強烈な自意識に悩まされた過去を持っているとのこと。程度の問題こそあれ、虚栄心と羞恥心のせいで自然に振る舞えなかった経験など、誰にでもあるはず。しかし社会の中で生きていく以上、「ありのままでよい」などということはないのでしょう。理想と現実のギャップを認めた瞬間に、自意識の重さから解放される感覚もまた、誰でも経験していることだと思うのです。西さんの作品は、いいですね。

2016/8