りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

オルフェオ(リチャード・パワーズ)

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リチャード・パワーズの新作は、音楽と遺伝子というかけ離れたテーマを組み合わせた作品でした。もっとも、音楽に関してはわれらが歌う時、遺伝子に関しては幸福の遺伝子という作品が既にありますから、得意のテーマですね。

主人公は、老年の前衛作曲家ピーター・エルズ。以前、中世のミュンスター包囲戦を題材にしたオペラが、現実のカルト教団の立てこもり事件と酷似したことを契機に、音楽活動を停止しています。現在は、アマチュア用の生物学実験キットを用いて、ネズミの遺伝子に音楽を組み込んで保存するという実験に熱中しています。音符に見立てた分子の配列を組み替えて「譜面」を創造しているのでしょうか。

この実験がテロ対策捜査班に「バイオテロ」と疑われて、ピーターの逃走劇が始まります。逃亡の過程で再開を果たす相手は、初恋の女性、別れた妻、かつての音楽パートナー、そして「わたしの作った唯一まともな曲」だという最愛の娘。してみると、ピーターの逃走は過去へと向かっているのでしょうか。一方で、ピーターの人生の主題でもあった20世紀以降の音楽論も展開されていきます。

もちろん、ピーターの逃走劇にも終わりがやってきます。追い詰められた末に、彼が人生をかけた到達点ともいうべき実験結果を、集合意識ともいうべきネットワークで公開するというエンディングは何を意味しているのか。ピーターには向かう場所が残されているのか。読了後の展開まで気になる作品です。ただし、以前の作品よりわかりやすくなっている分、迫力が犠牲にされているように思えるのですが・・。

2016/1