りぼんの読書ノート

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ペール・ギュント(イプセン)

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グリークの        組曲で名高い『ペール・ギュント」は舞台演劇の伴奏音楽として作曲されたということは、TVの「ららら、クラシック」で知りました。しかも名曲「朝」の舞台は静謐なノルウェーの湖ではなく、喧騒溢れるモロッコの市場だということは二重の驚きでした。さらに、こんな破天荒な物語を書いたのが、新時代の女性像を描いた近代劇『人形の家』の著者だということにも驚かされたのです。

 

ストーリーは複雑です。落ちぶれた豪農の息子で母親オーセに苦労をかけている、夢見がちで自分勝手な男ペールが、かつての恋人イングリを結婚式場から略奪して逃走。しかしすぐにイングリを置き去りにして、トロルの娘と婚約。そこからも逃げ出して純情な移民の娘ソールヴェイと恋に落ちるものの、またも彼女を待たせたまま放浪の旅に出てしまいます。

 

ロッコで山師のような商売が成功して金儲けしますが、結局は無一文に逆戻り。その後も予言者と称してオアシスの踊り子と深い仲になったり、エジプトの精神病院の皇帝となったりの遍歴を繰り広げた後に、年老いて帰郷。死神に向かって自分は平凡な人間ではなかったと主張しても、誰も証明してはくれません。最後には彼を待ち続けたソールヴェイに抱かれて、子守唄を聴きながら永眠するです。

 

この作品は当時、祖国ノルウェー人の性格を揶揄したと非難されたそうです。でもそれよりもソールヴェイに関する論争のほうが興味深いですね。彼女は男のエゴイズムに翻弄された無力な女性だったのか。それとも悔い改めた罪びとを許す聖母なのか。いずれにしてもフェミニズムの元祖ともされるノラとは相容れない女性像ですが、『人形の家』などの社会派戯曲を書いたのはこの十数年後のこと。浪漫劇、社会劇、神秘劇へと作風を変えていった著者は、過去の作品へのこだわりを持たなかったのではないかと思います。

 

2021/8