りぼんの読書ノート

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パーフェクト・スパイ(ジョン・ル・カレ)

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ウィーンの英国大使館に勤務する上級情報部員マグナス・ピムが、父親の葬儀で休暇を取って以降、失踪してしまいます。事態を憂慮してあわてふためく上層部を後目にかけて、英国の田舎町に潜んだピムは、一人息子のトムにあてて回想録を書き記していたのですが・・。

物語は、ピムに取り残された上司ジャックや妻メアリーらの捜索活動と、ピムの回想録の2本立てで進むのですが、そう簡単ではありません。ジャックやメアリーも過去を振り返りますし、回想記だって必ずしも時系列ではありません。視点人物も、語りかける相手も変化していくのが「ル・カレ流」。難解と言われるゆえんです。

その中で次第に、ピムの人格形成過程が浮かび上がってきます。ほとんど詐欺師のような父親リックと、精神を病んで失踪した母親に育てられた少年時代。大学時代のスイスで、不法滞在していた同居人のチェコ人を密告した後悔の念。彼をスカウトした英国情報局のジャックを師と仰いだ日々。父親の死は、ピムを何から解き放ったのでしょう。そして何より、ピムは祖国を裏切っていたのでしょうか。

「パーフェクト・スパイ」とは、確固たる自分自身というものを持たずに、相手に愛されるために、相手に合わせて自己を作り変える人物を指す言葉なのでしょう。嘘で固めた人生を生きながら、それが虚構であることを気づかせない人間。その空虚さは、本人が一番自覚しているのです。

後書きで紹介されている著者の父親像は、相当メチャクチャであり、本書の父親リックの人物造形や山師的な行動のモデルであることは明らかです。本書は、著者が父親との関係を総括するための作品でもあったのでしょう。12年後に書かれたシングル&シングルでは、父親に対する非難よりも憐憫が前面に出るようになっています。全作品を丹念にチェックすると「ル・カレにおける父親像の変遷」とでもいう論文が書けるかもしれませんね。

2015/3