りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

先生のお庭番(朝井まかて)

イメージ 1

「お庭番」といっても「忍びの者」ではありません。長崎時代のシーボルトに仕えて「薬草園の園丁=お庭番」を勤めた若い庭師・熊吉の異文化交流体験物語。

働き始めた当初は15歳にすぎなかった熊吉は、シーボルトに命じられるままに工夫を凝らし、シーボルトが日本各地から届けさせた草花を育てる仕組みを作り上げます。そればかりではありません。日本の花木、草花を千箱も舟に乗せ、生きたままオランダまで輸送できるように工夫を凝らします。そういえばこの時代は、紅茶スパイ(サラ・ローズ)にあったように、「プラントハンター」が活躍した時代でした。

熊吉は、シーボルトの学問や教員への熱意と、各藩の子弟が集まる蘭学者たちの、身分を超えた自由闊達な交流に憧れを覚えます。一方のシーボルトは、日本の自然の美しさばかりでなく、身分の低い職人でも創意工夫して勤勉に働く日本社会の仕組みに感動するのです。丸山遊郭の元遊女であったシーボルトの妻「お滝さん」による、異文化交流の下支えも見逃せません。

しかし、異文化交流における宿命ともいうべき、互いに理解が及ばない点も次第に明らかになってきます。欧米人にとって、自然とは共生するものではなく、闘い捻じ伏せて支配する対象であることを理解した熊吉が、大ショックを受けるのは当然ですね。それでもシーボルトを信じようとする熊吉にとどめをさすように、禁断の日本地図持ち出し未遂事件、いわゆる「シーボルト事件」が起こるのです。

しかし、熊吉の異文化交流から、新しい芽も生まれたのです。数十年後、女医となっていたシーボルトの娘・以祢と再会した熊吉は、父親への愛憎の間を揺れ動く娘に何を語ったのか。美しい長崎弁で綴られた、希望を感じさせてくれる物語でした。

2015/3