りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ポースケ(津村記久子)

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ポトスライムの舟の主人公ナガセが本書で再登場します。あれから五年たち、正社員として働いているようで何よりですが、本書の主人公はナガセではありません。彼女の友人のヨシカが店主をしている喫茶店「ハタナカ」に集う人々が描かれる群像劇となっています。

「ポースケ」とはノルウェーの復活祭のこと。この話を聞いて、それにちなんだささやかな催しをお店で開こうと思ったヨシカと、それに参加しようと思った店員や常連客たちの物語が展開されていきます。

ハンガリーの女王」
職場の人間関係と肌トラブルに悩むのぞみは、手間のかかる美容水、ハンガリアンウォーターを作ろうと心に決めます。悪気はなさそうでも、相手の懐に踏み込んできて勝手に振り回すタイプの人って、困ったものです。

「苺の逃避行」
ナガセの家に居候していた梶谷恵奈は、小学5年生になりました。彼女の母親りつ子が、ナガセやヨシカの同級生なんですね。恵那は、嫌な感じの男の先生が、自分の奥さんに電話で暴言を吐いている現場を盗み聞きしてしまいます。しかもその先生は、若い女教師の弱みを握っているようなのです。

「歩いて二分」
茶店で午前中働いている佳枝は博学で語学も堪能なのですが、以前の職場でパワハラにあって精神を病んでしまいました。今もまだ睡眠障害に苦しみ、電車に乗ることすらできません。でも彼女は、今の職場で働きながら、次第に自分を取り戻していけそうです、

「コップと意思力」
自分のことを人前でけなす恋人と別れたゆきえは、元カレが送ってきた上から目線の手紙を読んで激怒します。でも、手元にあったコップを壁に投げつけるのではなく、意思力を振り絞ってそれを洗えたことが、彼女を救っていくのです。新しい出発もできそう。

「亜矢子を助けたい」
茶店で午後に働いている十喜子は、果てしなく人格を否定され続けるような就活に苦しむ娘の亜矢子を、何とかして助けたいのですが、どうしたらいいのかわかりません。ある日、亜矢子から頼まれたのは、人事担当者が見るかもしれないSNSページの原稿を書くこと。「元気いっぱいで頑張っている知的な女性」との虚像を作り上げようとしますが、亜矢子を救ったのは、突拍子もないエピソードだったのです。

「我が家の危機管理」
ピアノ教師の冬美は、子どもができずに悩んでいました。レッスンに来た女の子が母親から深刻なネグレクトを受けているらしいことに気づいたとき、決して口に出してはいけない一言が心にわき上がって来るのです。「うちに一緒に帰る?」

「ヨシカ」
食品メーカーで総合職だったヨシカは、成績をあげるに連れて孤立を深めていました。唯一仲の良かった女性が急死したとき、会社の中の居場所なんて幻にすぎないと思ってしまったのです。お店を出してから7年、やっとリズムに乗ってきました。

自分の支配欲を満たすために平気で他人を傷つける人々は、被害者のことなど気にしていないのでしょう。本書の登場人物たちは、加害者に対して復讐するのではなく、身を潜めてやり過ごし、少しずつ回復して、次の一歩を恐る恐る踏み出そうとしているんですね。そして、普通の人々を祝福するかのような「小さな復活祭」が行われます。最近になって、この著者の「良さ」がわかってきたように思います。

2014/12