りぼんの読書ノート

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天龍院亜希子の日記(安壇美緒)

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本書のタイトルを見て「鬼龍院花子の生涯」を思い浮かべてしまった人は多いはず。私も波乱万丈の展開を期待してしまったひとりです。しかし本書は、人材派遣会社に勤める平凡な青年の日常生活を描いた作品でした。しかも名前だけ凄かったかつての同級生「天龍院亜希子」は登場しないのです。 

 

主人公の田町譲の職場はブラックで、育児で時短出勤中の岡崎先輩の代わりも入れてもらえず、長時間勤務は当然の生活。同期入社で同じ職場のふみかとはうまくいっているものの、彼女は岡崎さんをはっきり嫌っているので微妙な感じ。そんな生活に疲れたせいか、遠距離恋愛中の恋人・早夕里との関係も気まずくなっています。 

 

そんな田町を勇気づけているのは、幼いころから憧れていた元野球選手のマサオカの存在と、偶然見つけた元同級生・天龍院亜希子が日常を綴っているSNS。しかしマサオカは薬物中毒で逮捕され、亜希子のSNSも突然消去されてしまうのでした。心の拠り所を失った田町の運命は?・・と言うほどは盛り上がりません。なんとなく天職を考え、なんとなく浮気をし、唐突に結婚をきめてしまうのですが・・。 

 

主人公はもちろん異才の持ち主ではなく、決して誠実な人物というわけでもありません。ただし素直なのです。素直に自分の心情を綴っているために、長所も短所も含めて次第に応援したくなってくる。実生活における普通の友人という感覚になってくるのかもしれません。 

 

ラストの言葉がいいですね。田町が人知れずマサオカと天龍院亜希子を応援しているように、「もしかしたらこの世の誰かがどこかでひそかに自分を応援してくれてるかもしれないって呆れた希望を持つことができる」というのですから。著者は刊行記念インタビューで「希望とはそもそも呆れたものではないか」と語っていますが、この言葉のおかげで全部が綺麗に決まりました。 

 

2020/3