りぼんの読書ノート

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アルグン川の右岸(遅子建)

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アルグン川とは、旧満州であった中国最北端とロシアを隔てる国境の川のこと。ロシア人に追われて中国領の右岸へと逃れ住んだエヴェンキ族の灯が、今まさに消えようとしています。森林は伐採され、原野に道路が切り拓かれ、トナカイの群れは鉄条網に囲われ、居留地への定住化がほぼ強制的に進められているのです。頭の弱い孫とただ2人で山に残ると決めた「最後の酋長の妻」が語り始めたのは、90年を越える生涯の物語でした。

極寒の地でトナカイとともに生きる、酋長と祈祷師(サマン)を中心とする大家族的な集団の生活は、もちろん厳しいものです。「自然とともに生きる」などと言うと美しく聞こえますが、冬の寒さや、病や飢えや、狼や熊との遭遇が、容赦なく生命を奪っていきます。一方で、狭く閉ざされた社会であるが故に、憎しみや、嫉妬や、怒りや、恨みなどのネガティブな感情もつきまといます。決して桃源郷などではありません。

そんな社会の一員として少女は成長し、愛する人と結ばれ、やがて失い、子や孫や一族の運命を見届けていくことになります。サマンとなった義理の妹ニハオは、他人の命を救うたびに我が子の命を捧げる運命に逆らえません。部族で初めて北京の美術大学に入学した孫娘イレーナは、印象的な絵画を遺して命を絶ってしまいます。伝奇的な物語も、愛憎の物語も、ソ連軍や日本軍や中国赤軍が登場する叙事的な物語も含めて、彼女は語っていきます。

そして最後に残るのは、「何であれ愛したものは結局失うことになる」という、「深い悲涼感(物悲しさ)」です。著者は、中国・黒竜江省の北極村という中国最北端の村に生まれた漢族の女性です。1964年生れとのことで、子どもの頃に狩猟民族を見たことがあるとのこと。ついに文字を持つことのなかったエヴェンキ族への挽歌を綴るのに、もっとも相応しい人物なのかもしれません。

2014/7