りぼんの読書ノート

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劒岳 点の記(新田次郎)

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「点の記」とは「三角点の設定記録」のことだそうです。三角点標石を設定した年月日、人名、道順、人夫費、宿泊設備、飲料水等の必要事項を集録した記録であり、国土地理院の永久保存資料とのこと。山岳小説の大家による本書は、日本最後の未踏峰北アルプスの劒岳に登頂して三角点を設定した測量官、柴崎芳太郎の物語。もちろん実話に基づく小説です。

剱岳未踏峰であったのは、登頂ルートが見出せないほどの険しさに加えて、宗教上の理由があったようです。多くの信者を抱える立山信仰普及のために描かれた立山曼荼羅において、剱岳は「地獄の針山」として描かれ、決して登ってはいけない山とされていたのです。

時代は日露戦争直後。陸地測量部を率いる陸軍は、日本に設立されて間もない山岳会との剱岳初登頂争いに敏感になっていました。立山信仰の拠点である地元の反感も無視できません。多くのプレッシャーがかかる中、修験道の行者による「雪を背負って登れ」というアドヴァイスが、柴崎らを大雪渓へと導きます。

八甲田山死の彷徨の著者は、本書でも陸軍に批判的です。山岳会は敵ではありませんでした。精神主義で面子を気にする陸軍の姿勢が問われるのですが、純粋な「山岳小説」としても楽しめる作品です。人夫頭として超人的な能力を発揮する大山のガイド、宇治長次郎の素朴なキャラもいいですね。

2014/3