りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

神々の山嶺(夢枕獏)

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最初で最後のヒマラヤ登山に失敗して仲間も失った中年写真家の深町が、カトマンドゥの裏街で手に入れた古いコダックは、世界初のエヴェレスト登頂目前で姿を消した登山家、ジョージ・マロリーのものだったのでしょうか。彼は滑落死する前に登頂を果たしていたのでしょうか。

しかしマロリー塔頂の謎は導入部でしかありません。カメラの出自を追い始めた深町は、カトマンドゥで別人として生きている、かつての伝説の登山家、羽生丈二と出会います。数々の難所に挑みながら不運に見舞われ続けて消息を絶っていた羽生は、ここで何をしているのか。やがて深町は、羽生が前人未到のエヴェレスト南西壁の冬期無酸素単独登攀を目論んでることを知り、彼を追ってエヴェレストに入るのですが・・。

ヒマラヤ観光を主財源としているネパールが抱える社会矛盾、元シェルパや元グルカ兵の生き様、羽生を追ってきた女性・岸涼子と深町の関係や、涼子の誘拐事件など、多くのエピソードを含む作品です。しかし1100ページを一気読みさせる迫力は、やはりエヴェレストという神域と、羽生という孤高の人物が見事に調和していることによるのでしょう。著者特有の緩急をつけた文体もテーマと調和しており、新田次郎氏の孤高の人と並ぶ山岳小説であると思います。

強いて欲を言えば「羽生が実は情け深い人」とのエピソードは不要だったと思うのですが、いかがでしょう。彼には最後まで、野心のために仲間も彼女も見捨てる独善的な人物であって欲しかったのです。

2019/2