りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ダイヤモンド・エイジ(ニール・スティーヴンスン)

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21世紀半ば、ナノテクを使いこなすようになった文明社会は激変しています。国家の枠組みは崩れ去り、人種・宗教・価値感などを共有する者の集まりからなる「多様な国家都市」に細分化されているのですが、どことなく19世紀の香りを感じさせます。

高い文化を有しながら19世紀ヴィクトリア朝の規範を理想とする欧米人の「新アトランティス」は、漢帝国から分離した「沿岸チャイナ共和国」にも都市国家群を築いているのですが、その存在はまるで租借地のよう。その一方で、沿岸地域を単一中国の旗のもとに再統一しようとする「義和団事件」のような暴動も起ころうとしているのです。

アトランティスの支配層にある株主貴族のひとりは将来を憂いて、孫娘を反抗心を有する指導者に育て上げるべく、画期的なインタラクティヴ・ソフト、「若き淑女のための初等読本(プリマー)」の開発に乗り出します。世界で唯一の本となるはずでしたが、開発を依頼された天才技術者ハックワースが自分の娘のために作成した不正コピーが、ある事件のせいで貧困にあえぐ薄幸の少女ネルの手に渡ってしまいます。

本書は、「プリマー」を手にしたネルが、実生活と物語の中で体験する冒険を通じて、成長していく様子を丁寧に見守っていきます。彼女はやがて「プリマー」に登場する登場する王や女王は、どれも結局はチューリング・マシン(AI)にすぎず、人間を本当に理解することはできないことに気づきます。しかし、AIにすぎない「プリマー」自体は、どうしてその役割を超えようとしているのでしょうか。

一方で、全てを生みだす「シード(種)」を開発しえる錬金術師を捜し求め続けるハックワースは、彼自身が錬金術師であることに気づきます。ナノテクの秘儀を極めて人体を「ウェットネット化」しようとする試みが頂点に達しようとするときに、ネルとハックワースの冒険は終わりに近づきます。そして世界の秩序もまた・・。

はっきり言って「盛り込みすぎ」です。儒教的裁判を行う芳判事などは好きなキャラだったのですが途中で消えちゃいましたし、結果的にプリンセス・ネルに少女軍を与えることになるドクター・Xの意図も、よくわからないまま。でも本書は、鮮やかな結末を求めるのではなく、途中の過程を楽しむべき作品なのでしょう。「プリマー」が語るグリムを下敷きにした物語と、ネルの実体験が交錯していく展開は圧巻です。

2014/1