りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

屍者の帝国(伊藤計劃/円城塔)

イメージ 1

2009年に34歳の若さで亡くなった伊藤計劃の遺したプロローグを、円城塔が引き継いで完成させた小説は、「奇書」の名にふさわしい大作です。

本書における19世紀末は一種の「スチームパンク世界」です。蒸気を動力としたディファレンス・エンジンによるネットワークなども存在していますが、最大の奇想部分は「屍者」の存在でしょう。パンチカードで疑似霊素をインストールされた屍者たちが、「ロボット三原則」ならぬ「ナイチンゲール三原則」に支配され、戦闘や下級労働に従事しているのです。しかしフランケンシュタイン博士が1世紀も前に生み出した、「ザ・ワン」と呼ばれる「屍者におけるアダム」に匹敵する能力を持つ屍者は再現されていませんでした。

ヴァン・ヘルシング博士にスカウトされ、英国諜報機関のM(マイクロフト)の指示を受け、存在すら不確かな「ザ・ワン」を追って世界を巡るのは、ホームズに出会う前の若き医学生ワトソンと『ヒヴァ騎行』の著者である武闘派バーナビー。彼らに付き従うのは物言わぬ屍者フライディ。そこにアメリカの諜報を担うピンカートン社から、傷心のレット・バトラーとエディソンに推薦された美女ハダラーが加わります。

戦火のアフガニスタンで追ったのは、「屍者製造の奥義書」を有し、屍者たちを率いて原初のラピスラズリを採掘するアリョーシャ・カラマーゾフ西南戦争直後の日本で出会ったのは、楠本イネの施術によって「暗殺後の生」を生きる大村益次郎。そして世界を一周する追跡劇の末に、アメリカのプロヴィデンスで「ザ・ワン」との対決に至った一行だったのですが・・。

チャールズ・ダーウィンの別名を持つ「ザ・ワン」が目論むのは、屍者の絶滅なのか。それとも屍者による支配なのか。「生命」の定義すら危うくなりそうな論争の果てに、一行を乗せたノーチラス号が向かったのは、バベッジ機関を格納して世界的ネットワークの中心となっているロンドン塔。果たして人類は、世界はどこに向かおうとしているのでしょうか。

人類に霊魂を与える「X」の定義を「言葉」とするのは、いかにも円城さんらしい結論です。エピローグで明らかにされるのは、ヒロイン的な役割を果たしてきたハダラーの正体と、「その後」のワトソン博士への橋渡し。『フランケンシュタイン』や『カラマーゾフの兄弟』や『風とともに去りぬ』や『未来のイヴ』などの続編にして「ホームズ・シリーズ」の前日談ともなり、そのうえで壮大なテーマを追求した本書は、まさしく「現代の奇書」なのです。

2013/12