りぼんの読書ノート

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まぜるな危険(高野史緒)

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ロシア文学にSFを加味した作品というと、著者の代表作ともいえる『カラマーゾフの妹』と同じ手法ですが、この短編集は一味違います。SFのほうにも元ネタとなる作品があり、不思議な効果を醸し出しているのです。これぞ高野ワールド!

 

「アントンと清姫

紀州道成寺に伝わる「安珍清姫伝説」と組み合わされたのは、18世紀前半に作られてクレムリンに鎮座する世界最大の鐘。総重量が160トンから200トンと言われるのは量れないから。もちろん吊り下げられたことも鳴らされたこともありません。一度は愛した清姫に焼き殺されたロシアスパイのアントンを、時空を超えて救出に赴く作戦は、歴史にどのようなひずみを与えるのでしょう。

 

「百万本の薔薇」

ソ連時代末期のヒットソングは日本でも有名です。原曲の歌詞に登場するグルジア人の画家を尊重して、グルジアのバラ園を舞台とした物語は、SFというよりホラー感が強い作品となっています。

 

「小ねずみと童貞と復活した女」

夭折した伊藤計劃の遺稿を元にして円城塔が完成させた『屍者の帝国』のロシア版に登場するのは、『白痴』のムイシュキン公爵。彼と同程度の知能の持ち主とされるアルジャーノンも登場してしまい物語は、映画「ブレードランナー」の世界へ続いていくようです。

 

「プシホロギーチェスキー・テスト」

罪と罰』のラスコーリニコフが直面する証言の矛盾を解決するのは、江戸川乱歩の初期の短編『心理試験』でした。もっとも乱歩の作品は『罪と罰』の骨組みを借用したミステリなので、タイムパラドックスが起きているようです。

 

桜の園のリディヤ」

佐々木淳子という少女漫画家による「リディアの住む時に・・」という作品は、当時小学生だった著者に大きな衝撃を与えたようです。その作品とチェーホフの代表作を混ぜ合わせてできたのが、8年間という時間の中に閉じ込められた、8歳ずつ年齢が異なる女性の一族でした。まさかアインシュタインが巻き込まれるとは思いませんでしたが。

 

「ドグラートフ・マグラノフスキー」

夢野久作の『ドグラ・マグラ』もドストエフスキーの『悪霊』も読んだことはないのですが、どちらも混乱した物語なのでしょう。自分が誰なのかわからなくなった語り手が、理解を超えるほどに混乱した状況の末にたどり着いた先にあったのは、恐るべき真実だったのです。せめて『悪霊』でも読んでみましょうか。

 

2022/1