りぼんの読書ノート

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火星ダークバラード(上田早夕里)

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小松左京賞を受賞した、著者の初長編SFです。火星治安管理局の水島は、凶悪犯を列車で護送中に奇妙な現象に巻き込まれて意識を失います。その間に同僚は射殺され、犯人は逃走。上層部の妨害と脅迫をかえりみず単独捜査を開始した水島は、不思議な少女アデリーンと出会うことになります。

その少女は、さらなる深宇宙探索のために火星の原生物の遺伝子を交配して生み出さた「プログレッシブ」と呼ばれる新人類であり、「超共感性」と呼ばれる特殊な脳機能を持っていました。そして列車での事件は、たまたま隣の車両に乗り合わせていた彼女の意識が、残忍な犯人と共感してしまった結果、引き起こされたというのです。

互いに惹かれあった2人でしたが、権力をもって極秘に研究を進めてきた機関が2人の自由を許すはずもありません。水島を排除してアデリーンを拘束しようとする包囲網によって絶体絶命の立場に追いやられたときに、アデリーンの能力が爆発し・・。

遺伝子改変、火星のパラテラフォーミング軌道エレベータなどのガジェットにも、地球外で誕生した新人類というテーマにも、特段の目新しさはありません。しかし、この人は人間心理をバランスよく描くのが上手なのです。SFという要素は、極限の状況を作り出すために使われているのでしょう。それも、説明を最小限に抑えて無理なく使いこなしていますね。

次の長編である華竜の宮は、SF的な設定(海面上昇ではなく、スーパープルームのほうです)に傾きすぎたきらいがありましたが、話題となったブラック・アゲートの視点は素晴らしかったですね。今後も期待しています。

2013/12