りぼんの読書ノート

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路(ルウ)吉田修一

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商社入社4年目の多田春香の視点を中心に据えて、台湾新幹線の受注から開業までの7年間を描いた作品ですが、「プロジェクトX」のような本格企業小説ではありません。商社員、台湾生れの老人、建築家、車両整備員など多くの者の人生ドラマを通じて、日本と台湾を結びつける個人の絆が爽やかに浮かび上がってきます。

現地に出向した春香には、大学時代に台湾を訪れた際に知り合い、その後連絡が取れなくなってしまった青年との思い出がありました。その出会いがなかったら台湾で働くことなどなかったかもしれない強烈な思い出。いかし相手の青年・劉人豪もまた、やはり春香を忘れられずに建築士として日本で働いていたのです。

一方で、劉人豪が講演会で知り合った元エンジニアの老人・葉山勝一郎は台湾生まれ。彼は60年前に台湾人の親友に告げた心ない一言を悔やみ続けていました。「新幹線が完成したら一緒に台湾に行こう」と励ました、着工当時病床にあった妻は、完成を待たずに亡くなっています。さらには、台湾と日本の仕事のやり方の違いに翻弄される日本人商社員、車輛工場の建設をグアバ畑の中から眺めていた台湾人学生、日本で鬱になってしまった春香の恋人など、それぞれのドラマが新幹線の開業に向かって収斂していきます。

春香は台北を「立ち止まった時の景色が世界一美しい街」と表現します。雑然とした風景、ゆったりと流れる時間、悠然と暮らす人びと、そしてそれらに包まれて癒されていく心。再会を果たした春香と人豪の間に何かが始まるには時が経ちすぎていましたが、お互いに同じ思いを抱いていたと確認し合えたことが2人の心を満たしていきます。本書を象徴するような場面です。

昨年、仕事で台湾新幹線に乗る機会がありました。南国的な田園や森を貫いて走る新幹線には、ビジネス客ばかりではなく、家族連れの旅行者や帰省する学生が大勢いてにぎやかでした。異国の喧騒の中で食べたお弁当はおいしかったですね。今度はプライベートで行ってみたいものです。「路(ルウ)」という優しいた響きの言葉を思い浮かべながら。

2013/12