りぼんの読書ノート

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母の遺産-新聞小説(水村美苗)

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「今日、母が死んだ」で始まる有名な小説(『異邦人』)を思い浮かべながら、凄まじかった母の晩年をなぞる中年娘の美津紀。幼い頃から娘たちを振り回してきた自分本位な母との葛藤の終着駅は、痴呆と老醜に耐える介護の日々。「ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?」という自問は、露悪的というより、むしろリアル。母と娘は永遠のライバルなのでしょう。

その背景には、100年以上前の新聞小説金色夜叉』に触発されて「お宮は自分のこと」と思い込んだ祖母に始まる女3代に渡る確執もありました。若い男と出奔し、娘(母)をもうけながら日陰者として生涯を終えた祖母。上流階級への憧れを自力で手繰り寄せ、その仕上げを娘に託した母。祖母から母へ、母から娘たちへと継承された歪みの連鎖のなんと運命的なこと。

ゴールの見えない介護生活のなかで、母との愛憎、姉への僻み、父方の親類との格差、夫の不倫、さらには自らの老いの自覚に悩まされる中年女性の主人公は、心身ともにボロボロになっていきます。スノッブな知識人の家系とはいえ、老人ホーム、年金、介護、医療、遺産、慰謝料など、金銭の絡む悩みも切実で避けては通れません。母の死後、『ポヴァリー夫人』を携えて芦ノ湖のホテルに向かった主人公は、自立と再生に至ることができるのでしょうか。

著者は、「欲張り過ぎたあげく消化できないまま」の本書は「十分に納得のいく作品ではない」と述べています。しかしこれだけの内容を盛り込んだからこそ、この迫力が生れたのでしょう。私小説が「ひとりの日本語作家が誕生するまでの過程」を描いた作品であるように、本書は「小説の力の再肯定」にもなっているのですから。

ところで、既作の私小説本格小説に続いて、本書の副題を『新聞小説』とした著者の次の狙いは何なのでしょう。文中に「三文小説」という言葉も登場するものの、私としては「風俗小説」あたりを期待したいのですが・・。

2013/8