りぼんの読書ノート

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さよなら、ニルヴァーナ(窪美澄)

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1997年に神戸で起きた14歳の中学生による猟奇的な連続殺人事件は、衝撃的でした。当時の「少年A」は、すでに少年院を退院しているのですが、時折マスコミに「現況情報」などが流れたり、また本人が一時メールマガジンを配信していたこともあって、一部には彼の「ファン」もいるとのことです。 

 

その事件の「その後」をモチーフといて描かれた本書では、4人の人物が登場します。まずは身を隠すようにして暮らす元「少年A」。その少年に惹かれ、どこかにいるはずの彼を探す少女。その少女と出会って彼女に亡き娘の姿を重ねる被害者の母親。そして外側から彼らを見つめる、中年に差しかかった作家志望の女性。 

 

これまでの著作で主に母と娘や母と息子の相克を描いてきた著者は、登場人物たちの歪みを家族関係から描き出します。父親不在の家庭で新興宗教にのめり込んだ母親から、育児放棄されるように育てられた少年A。神戸の地震で父親を亡くし、仕事一筋に生きる母親に感謝しながらも疎ましく感じている少女。被害者の母親の過程における「欠損」は説明不要でしょうが、作家志望の女性は実家で独善的な妹夫婦と母親の犠牲になっています。 

 

そしてそれらの中から、本書のメインテーマが浮かび上がってくるのです。それは、少年Aの「人間の中身を見たい」という異常な欲望が、作家の習性と同種のものであるということ。作家とはやはり因果な商売なのでしょうか。この事件を小説化することで作家としてデビューした女性は、決して幸福にはなっていないのです。運命の出会いを果たした少年Aと少女を追いかけた黒い車の正体は、マスコミか権力かわからないままですが、そちらはもう重要ではないのでしょう。後味の悪い事件をモチーフとしたせいか、後味の悪い作品でした。 

 

2020/8