りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

アニバーサリー(窪美澄)

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直木賞候補となった『トリニティ』でこの著者を知り、他の作品も読んでみたくなりました。本書は世代の異なる2人の女性を通して、女性が働くことと子供を産み育てることの難しさに迫った作品であり、『トリニティ』とも通じる点も多いのです。 

 

ひとりめの主人公は、70歳を過ぎてもマタニティスイミングの指導を続けている晶子。戦争で運命を狂わされながら、放送局に勤める男性と結婚して専業主婦となった晶子が働き始めたのは、2人の子を育て上げた一方で、2人の子を失った体験があったせいなのでしょう。またやはり戦争で全てを失ったかつての親友が、苦学した末に脚本家の卵という職業婦人となっていることにも、背中を押されたのです。 

 

もうひとりの主人公は、まだ若い真菜。美貌の料理研究家の母と確執を抱えて育ち、望まれない子を身ごもった真菜は、たったひとりで出産を迎えようとしていました。そんな時に震災が起こり、出先から近い真菜の家を訪れた晶子が見たのは、茫然自失の状態にある真菜でした。 

 

ゼロからスタートして「手に入れる喜び」を体験してきた晶子と、モノに囲まれて育ちながら「喪失の予感」のもとに虚無的に生きてきた真菜は、世代も異なっており共通点は多くありません。そして2人の間には、戦後に生まれて働く喜びを知った、真菜の母親の真希がいるのです。 

 

献身的な晶子と、自己中心的な真希と、厭世的な真菜ですが、共通点は「子育て」です。しかもそれは一人ではできないことなのです。著者が本書を執筆していたのは大震災の翌年のこと。放射能を怖れて「疎開」していた母子たちが、東京地区に戻ってきた頃でしょうか。あれから9年、今の「コロナの時代」に子育てをする若い母たちが何を思っているのか、気になります。 

 

2020/8