イタリア・セリアAの弱小チームでファンタジスタを努める日本人プレーヤー、夜羽冬次を主人公に据えたサッカー小説。モデルは明らかに全盛期の中田英寿ですね。タイトルは本文中の「ゴールのときにはスタジアムが爆発するが、スルーパスが通ったときはスタジアムが凍りつく」との言葉から来ているのでしょう。
もちろん村上龍さんのことですから、ドラマチックなストーリーラインが準備されています。欧州各地で、アフリカや東欧などの選手が試合後に心臓麻痺で急死する事件が起きているとの噂。著者を思わせる小説家・矢崎が知ったのは、死を招く最強のドーピング剤「アンギオン」の存在。その背景にあるのは、人種差別主義者の動きなのか、別の狙いがあるのか。日本人の夜羽が、次のターゲットにされたのではないかとの疑惑。そして、セリエAへの残留をかけた運命のリーグ最終戦が始まります。
相手はやはり最終戦にリーグ優勝をかけている名門ユベントス。ジダン、デル・ピエーロ、インザーギ、ダーヴィッツ、ザンブロッタ、ファン・デル・サールらのスター選手が実名で登場する試合の描写は、なんと100ページ。文字で読むサッカーには最初もどかしさも感じましたが、慣れてくるとシーンが目に浮かんできます。まるで映像と解説が同時進行しているかのよう。凄いです。戦術的な理解も、スター選手の特徴も、選手や監督やファンの心理までが深いのです。
実生活でも中田英寿さんと親交が深いという著者は、これを書きたかったんだろうな。サッカーの歴史も戦術的な理解も本書は「陰謀小説」の形式を借りて、欧州とりわけイタリアにおけるサッカーが、人々の生活の深いところに位置しているということを浮かび上がらせた作品です。サッカー好きな方には、必読!
2013/7