りぼんの読書ノート

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マリッジ・プロット(ジェフリー・ユージェニデス)

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ミドルセックスでピューリッツアー賞を獲得した寡作な著者の最新作は「ラブコメ」でした。でも「ラブコメ」を侮ってはいけません。ヴィクトリア朝時代の偉大な英国作家ブロンテ姉妹もオースティンもハーディも、さらにはシェイクスピアトルストイも「ラブコメ」を書いているのですから。タイトルの「マリッジ・プロット」とは結婚に至る物語展開のこと。

1980年代、アメリ東海岸の名門大学に学んだ3人の男女、文学少女マデリン、才気煥発な皮肉屋レナード、思慮深く内気なミッチェルの三角関係を描いた本書では、既成の価値観に縛られながらも、既成秩序への挑戦が潮流であった当時の若者たちの心象風景が見事に描かれています。

そもそもマデリンが文学少女となる経緯がいいですね。記号論の授業で学んだバルトの「恋愛のディスクール・断章」を恋の病の特効薬と信じながら、「恋の脱構築」は現実の失恋には効果がなかったことからヴィクトリアンに走るというのですから。そして教授が記号論に転向したのは「中年の危機」のせいとまで断言。でも彼女自身、この時代の「マリッジ・プロット」の渦に巻き込まれていくのです。まさに二重構造の物語。

男性2人も人生を真剣に生きています。崩壊家庭に育ったレナードは生物学を専攻し、一流の研究所に職を得ながら躁鬱病に苦しみます。魂の問題に深い関心を寄せるミッチェルはインドへの旅に出て、マザー・テレサの「死を待つ人々の家」でボランティアとして働きますが、現実の悲惨さを前にして悩みます。さあ、マデリンはどちらを選ぶのでしょうか。

終盤になってミッチェルがマデリンに問いかける言葉が本書のエッセンス。「ヒロインがふさわしくない男と結婚したことに気づいた後に別の求婚者が現れ、でも結局その第2の求婚者は、彼女には再婚など必要ないと悟ってプロポーズを断念する。そんなふうに終わる本はない?」 そしてマデリンの答えは?

若者たちが真剣に生きた時代。妄想を絡めた彼らの過剰さ、愚かさ、深刻さ、繊細さは切実です。でも現代だって19世紀だって、青春なんてきっとこんなもの。やはり「ラブコメ」は普遍的なテーマなのです。

2013/6