りぼんの読書ノート

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荒潮(陳楸帆)

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『紙の動物園』で鮮烈なデビューを果たしたケン・リュウの登場によって、中国SFが注目されるようになりました。本書の著者も世界的なSF作家たちから絶賛されており、日本ではケン・リュウが編んだ短編集『折りたたみ北京』に3編も収録されています。いずれもサイバーパンク的な作風で、「中国のウィリアム・ギブスン」なる異名を裏切らない作品でしたが、本書ではさらに複雑な世界観が示されます。 

 

舞台は中国南部にある通称「シリコン島」。この島の産業は電子ゴミのリサイクルであり、電子資源を探し出してくらす出稼ぎ労働者たちは、厳しい労働と汚染で健康を害して使い捨てられる「ゴミ人」として蔑視される最下層民。彼らがもたらす稼ぎは、何代にもわたって島を支配してきた有力御三家が吸い上げる仕組みが盤石なものとなっています。 

 

しかし異変が起こります。きっかけは、脳神経末端に不可逆の病変を起こす電子ウィルスが誤って廃棄されたことであり、シリコン島で妹を虐殺された天才青年の復讐心であり、アメリカの巨大リサイクル会社が有力御三家に持ち掛けてきた提携話であり、米米(ミーミー)というひとりの少女の存在でした。 

 

ウィルスに感染した米米が、殺害される寸前に驚くべき能力を発揮してしまうのです。それは変異した能の力によって、廃棄されたモビルスーツを遠隔操縦したり、衛星上のサーバーにハッキングしたりする能力。まるで『スプロール3部作(ウィリアム・ギブソン)』のアンジェラ・ミッチェルや、『マルドゥックシリーズ(冲方丁)』のルーン・バロットのような存在ですね。しかも彼女に、御三家の一員ながらアメリカに移住してリサイクル会社の先兵を務めている青年が恋してしまったのだからややこしい。そして巨大台風がシリコン島を襲おうとしている中で、ゴミ人たちは体制に叛旗を翻すのですが・・。 

 

奇想に満ちているわけではありませんが、日本人女性科学者の存在などを含めて意表を衝いてくれますし、プロットもしっかりしています。何より読後感が爽やかなのです。この種の作品を中国で発行できるとは、時代も変わりつつあるのでしょうか。 

 

2020/7