りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ティンカーズ(ポール・ハーディング)

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手巻時計が止まるまでの時間は8日間だそうです。本書は、時計修理人(ティンカー)だった80歳のジョージが死を迎える直前の8日間に見た幻想を描いた物語。病人用ベッドに横たわる彼の脳裏をかすめるものは、記憶とも思考とも感情とも幻覚ともいえる、夢とうつつが渾然一体となったものでした。

それらは、回想田舎の雑用を何でもこなす行商人(ティンカー)だった父親との思い出であり、ジョージの息子が家の屋根裏部屋で見つけた古いノートに綴られた断片的な文章であり、古い時計について語った本の一節でもあったのです。そして、ジョージが死を迎える最後の瞬間に思い出した光景とは何だったのでしょうか。

記憶の中心となっているのは父親ハワードの破天荒な人生です。彼が「行商のかたわら折に触れてしたこと」とは、「狂犬病にかかった犬を撃ち殺す、赤ん坊を取り上げる、火を消す、腐った歯を引っこ抜く」などでしたが、とりわけ印象に残ったのは彼が歯を抜いた100歳を超える老隠者が、ナサニエル・ホーソーンの同級生だったということ。父親が老隠者からも手に入れた『緋文字』の初版本は、最後までジョージのかたわらに残ることになります。

癲癇持ちだったハワードは、彼を精神病院に入れようとした妻キャサリンの計画に気付いて絶望し、家を出てしまいます。別の町で別の生活を送ったハワードが、何年もたってから年老いて一家の前に再び姿を見せたできごとは、まるで止まっていた時計が壊れる直前に再び動き出したかのような印象を与えます。

人生の残り時間を刻む時計の音のように静かな小説でした。それだけに、それぞれに時を刻むたくさんの時計の音がふいに同調して、明瞭に聴こえてくるような瞬間が際立ちます。

2013/3