りぼんの読書ノート

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キッチン(吉本ばなな)

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サガンの『悲しみよこんにちは』に続いて天才少女作家のデビュー作を読みましたが、時代と国の違いの大きさを感じますね。サガンのデビュー作が論理的なのに対し、こちらは情緒的。主人公のキャラも、傲慢で攻撃的なセシルに対して、本書のつぐみは受動的であり、彼女が求めるものは喪失からの癒しなのです。

「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う」という書き出しで始まる本書は、祖母の死後ひとりぼっちになって脱力してしまったつぐみが、中性的で年下の大学生・田辺に拾われて、彼の強烈な母親(実は父親)えり子との同居生活に心の安らぎを覚えながらも「いつかここを出なければ」と感じるという物語。

とりわけストーリーらしいものもなく、つぐみの心が癒される劇的な瞬間が描かれているわけでもない。ただ、居心地の良さを感じる時間と空間の中に居ることによって、いつしか癒されていくという小説なのですが、作品に漂う「気だるさ」がバブル時代へのアンチテーゼとして受け取られたのかもしれません。著者と同じ作風の若い女性作家たちが、後に輩出されることになったことも理解できます。

「満月-キッチン2」は、田辺家を出て料理研究家のアシスタントとして働き始めたみかげが、田辺君の母親(実は父親)のえり子の死を知らされたことから始まる物語。みかげ自身が深い喪失感を覚えながらも、今度は田辺君を癒すことが彼女の役割になっていきます。そしてタクシーで届けたカツ丼。人と人の関係は癒し癒されることが基本だと思わせてくれる作品です。

他に、大切な恋人を事故で失った女性が早朝の橋の上で彼の面影と出会う「ムーンライト・シャドウ」が収録されています。書かれたのはこちらのほうが早く、著者の大学卒業制作作品だそうです。

2012/10