りぼんの読書ノート

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女が嘘をつくとき(リュドミラ・ウリツカヤ)

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離婚や再婚を経験し、息子を育てながら働いている女性・ジェーニャが、人生の時々に出会った「嘘つきの女たち」を描いた連作短編です。

第1編が1978年の物語であり、最後の第6編が1998年の出来事のようですので、この間には20年という長い年月が流れています。最初は3歳の少年だった息子のサーシャも、最後には立派な青年になっているんですね。

研究者を目指したり、スイスのテレビ局でシナリオを書く職業にもついたジェーニャは頭の良い女性なのですが、すぐに騙されてしまい、少々お人よしのようです。女性たちがつく他愛のない嘘に驚かされてばかり。しかしそれは、彼女が思いやりがある女性だということなのでしょう。他人の不幸を心配する彼女の気持ちが「騙されてあげる」のかもしれません。

次々と子どもたちを失ったという悲しい嘘をついた中年の女性は、どうして架空の子どもたちを嘘の中で死なせなければならなかったのでしょう。10歳になった息子の友人となった12歳の女の子はありえそうもない事ばかり話すのですが、彼女のついた嘘はたったひとつだけでした。10代の姪がついた、伯父との恋愛話の嘘はまだわかりやすいほうですね。

尊敬していた女性教授が亡くなった後に発覚した嘘はもっと複雑です。単なる悪ふざけだったのか、彼女は自分自身、偉大な詩人になりたがっていたのか・・。スイスで出会ったロシア人娼婦たちが皆、同じ内容の嘘をついていたというのは物悲しいエピソード。

ここまでの5編とも含蓄ある物語なのですが、著者はそれだけでは満足できなかったようで、単行本化に際して第6編を書き下ろしで付け加えています。生きるために、苦しみから逃れるために大小の嘘をついていた女性たちに対して、ここまでは傍観者的存在でしかなかったジェーニャが、恐ろしい不幸に襲われてしまうんですね。絶望に沈んだジェーニャを再起させたのは無神経だが信心深い女の「嘘かもしれない話」だったという第6編の意味を、読者は深く考えさせられてしまうことになります。

もちろん本書は教訓めいた結論を導き出そうとしているものではなく、著者独特の方法で人生というものを切り出してみた作品なのでしょう。著者と同じ時代を生きたジェーニャは著者の分身なのかもしれませんし、ソ連崩壊をはさむ変革期のロシアを生き抜いた女性の姿を「嘘」というテーマで綴った作品なのかもしれません。

2012/8