りぼんの読書ノート

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アルプスの谷アルプスの村(新田次郎)

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長野県生まれで山岳小説も多く著わしている著者が、昭和36年に雑誌の企画でアルプスを旅し、「山と渓谷」に連載した紀行文です。今から50年以上も前のことですから変わっていることも多いのでしょうが、現在にも共通する視点で書かれているように思えます。

その最たる点は、著者が旅行中ずっと抱いていた「スイスはなぜ美しいのか」との疑問に対する回答でしょう。新田さんは「スイスの美しさは作られた美しさだ」と言い切ります。スイスの美しさは一朝にしてなったものではなく、何代もかかって氷河から石を取り除き、岩地を緑の牧地に変えていった結果だと言うんですね。

一方で当時のフランス・アルプスには人の手がかけられておらず、自然がそのまま剥き出しになっているため、荒涼とした風景に思えると言うのです。シャモニーでもスイスと較べて見劣りがし、エクランに至っては「死の山」だなんてひどい言われようですが、現在ではどうなのでしょうか。

それにしても3ヶ月かけた旅行は贅沢な行程です。スイスではグリンデルワルド、ツェルマット、チナールに滞在し、フランスに入ってシャモニーとエクラン。さらにトリノ経由でスイス東部のサンモリッツからダボス。見逃がしたのはチロルだけだというのですから。さらにガイド役としてついたのが、ヨーロッパ各国語に通じてアルプスに詳しい佐貫亦男さんというのも凄い!

新田さんは、日本の山や人々とアルプスの比較も忘れてはいません。短い期間の滞在で見たアルプスは表層的なものであったろうことを自覚しながらも「日本とアルプスの山は全然別のものだったし、人間の顔もかけ離れて違っていた。ただひとつ、アルプスの谷と村における人間の生活は長野県と似通っていた」と印象を語っていますが、この点こそ一番変化してしまったものなのかもしれません。

本書の中では、プロヴァンスからも近い「エクラン」部分を読みたかったのですが、新田さんはあまりいい印象を持たれなかったようですね。^^;

2012/4