りぼんの読書ノート

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ライオンの蜂蜜(デイヴィッド・グロスマン)

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「新・世界の神話シリーズ」の一冊である本書は、創作神話ではなく「旧約聖書」の士師紀に登場するサムソンの物語を紡ぎ直した作品です。不妊の女性から生まれて、ペリシテ人の支配からユダヤの民を救う神の子となる運命を予言され、ライオンを素手で引き裂く怪力を持ちながら、女性に騙されてペリシテ人に囚えられながらも自分の命と引き換えに敵を滅ぼした男の物語は、矛盾に満ちています。

なぜ母親は、神の使いが託したキーワード「神の子」を夫に告げなかったのか。なぜサムソンは、ライオンを引き裂いたことを誰にも語らなかったのか。なぜサムソンは、二度に渡って敵の女を求めたのか。なぜサムソンは、罠だと知りながら自分の秘密をデリラに語ってしまったのか。特に最後の疑問は、女性に騙されたがる男を「サムソン・コンプレックス」と呼ぶほど、ポピュラーなものです(笑)。

著者は、サムソンの悩みをひとつひとつ紐解いていきます。両親に愛を求めながら得られず、生まれる前から神に選ばれながら神命を理解できずに人間と神の間で巨大な力を持て余し、孤独の中で激しく揺れ動く心を持ち、真の友人も真の恋人も得られず、その苦渋こそが自分の運命と思い込んだ男だというんですね。

そんなサムソンが抱いた救いに至る唯一の望みは、「並の男と同じ」になることであり、愛した女性デリラに騙されるままに「強さの秘密=心の中のすべて」を明かしたことは、破滅を求めるきっかけだったというのです。なんてわかりにくい男だ!

しかし著者が念頭に置いているのは、パレスチナにおけるユダヤ人の思いのみならず、自爆テロで死んでいくイスラムの若者たちの思いでもあるのです。サムソンこそ自爆テロを起こした最初のひとりとして記録されているのですから・・。

2012/3